
沈黙というと、多くの人は「落ち着いた状態」を想像する。でも、人生の中で出会う本物の沈黙は、だいたい落ち着いていない。むしろ——ちょっと気まずい。少し間が悪い。何をすればいいか分からない。たとえば、次に何を言えばいいか分からない瞬間。何かを始めようとして、手が止まった瞬間。「さて、どうしよう」と心の中でつぶやいた直後。そこに、沈黙がある。
期待は、とてもうるさい
人生がうるさく感じる理由は、世界が騒がしいからではない。ほとんどの場合、自分の中の期待がうるさい。
・こうなってほしい
・分かってほしい
・うまくいってほしい
・インスピレーションが来てほしい
期待は常にしゃべっている。しかも、わりと長話。だから沈黙は、なかなか順番が回ってこない。
期待が疲れたとき
たまに、期待のほうが先に疲れることがある。考えても仕方がない。待っても変わらない。もう、どうでもよくなる。その瞬間、何かが「抜ける」。答えは出ない。悟りも起きない。ただ——呼吸が続いている。でも不思議と、次にやることだけは分かる。それがインスピレーシン。派手じゃない。ほぼ地味。後から「え、今の?」と思うレベル。
沈黙は守らなくていい
沈黙を大切にしようとすると、だいたい失敗する。「今、いい感じだから壊さないように…」と思った瞬間、もう壊れている。沈黙は繊細じゃない。こちらがコントロールしようとするのを、ただ嫌がるだけ。使おうとしなければ、ちゃんと戻ってくる。
小さな実験(練習とは呼ばない)
これは修行ではない。成果もない。だから安心してほしい。
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日常のどこかで、
ほんの一瞬、立ち止まる。
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呼吸はそのまま。
何も整えない。
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心の中で、こう聞く。
「今、何か期待してる?」
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答えを探さない。
正直になる必要もない。
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そして、
一番シンプルな次の行動をする。
沈黙が来てもいい。来なくてもいい。これは沈黙のための時間じゃない。人生が、余計なコメントなしで進む瞬間を邪魔しないだけ。